話しかけても返事がない。同じ家に住んでいるのに、目も合わせてもらえない。こうした状態が何か月、何年と続くと、家の中に気の休まる時間がなくなり、日々の暮らしにも支障が出てきます。殴られたわけでも、生活費を止められたわけでもないため、周囲にも打ち明けにくく、一人で抱え込んでしまう方が多い問題です。
弁護士としてご相談をお受けしていると、配偶者から会話を拒まれ続けているというお話をうかがうことは少なくありません。そのときによく尋ねられるのが、無視は離婚の理由になるのか、モラハラとして認めてもらえるのか、という点です。今回は、会話の拒否が法律上どのように位置づけられるのか、どのような事情が評価につながりやすいのか、そして今のうちに何をしておくとよいのかを整理します。
❶| 無視は、法律上どう位置づけられるのか
夫婦は、同居し、互いに協力し扶助しなければならないとされています(民法752条)。もっとも、会話をしないこと自体を直接禁じる規定があるわけではありません。無視という行為にぴたりと対応する条文はないため、離婚との関係では、次のような形で評価されていくことになります。
話し合いでも調停でも離婚が決まらず、裁判で離婚を求める場合には、法律の定める離婚原因が必要です(民法770条1項)。不貞行為や3年以上の生死不明といった類型に当てはまらない事情は、「その他婚姻を継続し難い重大な事由」(同項4号。令和8年4月1日施行の改正前は同項5号)に当たるかどうかという形で判断されます。会話の拒否も、この枠組みの中で検討されることになります。
ここでいう「重大な事由」とは、あえてわかりやすく表現すれば、夫婦の関係が壊れていて、元に戻る見込みがないと評価できる状態を指すものと理解されています。したがって、けんかの後に数日間口をきかなかったというような事情で直ちに離婚が認められるわけではありません。裁判所は、無視という一つの行為だけを取り出すのではなく、それがどのような経緯・事情でなされたのか、どれだけ続いたのか、生活にどのような影響が出ているのか、関係が元に戻る可能性が残っているのかを、全体として見ていきます。
❷| どのような事情が、評価につながりやすいのか
実際の事件では、次のような事情が重ねて主張されることが多くあります。
◉会話の拒否が長期間続いている
数か月から年単位で会話がないなど、無視され続けている期間が長く、こちらから修復に向けて働きかけても応じてもらえない状況であるほど、関係が壊れていると評価されやすい傾向があります。
◉ほかの事情と重なっている
無視だけが単独で問題になることは、実際にはそれほど多くありません。生活費を渡さない、家事や育児の分担を拒む、体調を崩しても放っておくといった生活面での切り離しや、人格を否定する言葉、交友関係や外出の制限、物に当たるといった言動が、無視と組み合わさっている場合です。正当な理由なく同居・協力・扶助の義務を果たさない状態が続いていれば、悪意の遺棄(民法770条1項2号)に当たると主張できる場合もあります。なお、モラハラは離婚について定められた法律(民法)上の用語ではなく、モラハラという枠に当てはまれば離婚が認められる、という仕組みにはなっていません。実際には、個々の言動と、それによってご自身に何が起きたのかを積み上げて主張していくことになります。
◉心身に影響が出ている
眠れない、気分の落ち込みが続くといった不調が生じ、通院に至っている場合です。診断書や通院の記録は、置かれている状態を客観的に示す資料になります。
❸| 今のうちにしておきたいこと
①起きていることを記録に残す
無視は、暴力・暴言と違って、痕跡を残すことが困難であることが通常です。だからこそ記録が重要になります。いつからどのような状態が続いているのか、話しかけた日とそのときの反応、生活費の受け渡しの有無、体調の変化などを、日付とともに書き留めておいてください。手帳でもメモアプリでも構いません。後からまとめて作ったものより、その都度書かれた記録のほうが説得力を持ちます。
➁生活費を確保する
夫婦は、その収入や資産などに応じて婚姻から生じる費用を分担するものとされています(民法760条)。無視が原因で離婚をしたいと思い、別居を開始したにもかかわらず、生活費を渡してもらえない場合には、家庭裁判所に婚姻費用の分担を求める調停を申し立てることができます。請求をした時点以降の分について認められることが多いとされていますので、早めに請求の意思を明らかにしておくとよいでしょう。
③手続の見通しを持っておく
父又は母が仕事の都合などで家を空ける時間が長いことが想定される場合でも、信頼できる同居の祖父母などのサポートが得られる環境であれば、養育体制が整っていることの一つの事情として評価されることがあり離婚は、まず話し合い、まとまらなければ家庭裁判所の調停、それでも決まらなければ訴訟、という順序で進みます。離婚について裁判を起こすには、原則としてまず調停を申し立てなければならないとされています(家事事件手続法257条1項)。相手が会話に応じない状態が続いているのであれば、当事者だけで話を進めようとするより、早い段階で調停の利用を検討したほうがよい場合もあります。また、別居して生活を分けたという事実は、関係が元に戻らない状態にあることを示す事情の一つとして扱われます。
■まとめ|慎重に準備することが次の一歩を支えます
無視をされている状態は、外から見えにくく、ご自身でも大したことではないと考えてしまいがちです。しかし、何年も会話がない、生活費も渡されないという状況は、夫婦の関係としてすでに壊れていると評価される可能性が十分にあります。
大切なのは、その状態を一人で抱え込まず、早い段階で弁護士などの専門家に相談することです。何が、いつから、どのように続いているのかを一緒に整理していけば、離婚原因として主張できる状況なのか、どの手続から動くのがよいのかといった見通しが立てられます。今すぐ離婚を決める必要はありません。まずはご自身の状況をお聞かせください。
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弁護士 佐藤栄晃(Sato Hideaki)・・・神奈川県弁護士会所属(登録番号56339)
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